犬について

犬を擬人化すること

人がはるか昔から犬に惹かれ、一緒に暮らし続けているのは、犬が自分と同じように感情を持ち、人と絆を築くことが出来ることに驚きを感じ、心を動かされるからなのだと思います。

彼らは、うれしいとき、楽しいとき、怖いとき、怒ったとき、不思議に思ったときなどに、しっぽ、耳、顔の表情、あるいは体全体を使い、素直にその感情を表現します。また、おやつやごはんを食べたい、散歩に行きたい、遊びたいなど、自分の望むことを飼い主に伝えます。コミュニケーションをとろうとする姿はあたかも人のようです。そして、人と暮らすなかで、人間の社会のルールに従う、つまり、人のように振る舞うことを求められます。こうして、私たちは犬を、人であるかのように見てしまいがちになります。

私たちは、犬がスヌーピーのように哲学的に考えたりはしないとわかりつつも、人と同じように物事を捉えていると思い込みます。そう、傍にいる犬を擬人化するのです。うちの犬は、分別がある、とても思慮深い、自信に溢れている、いつも威張っている、明日を楽しみにしている、過去のことでくよくよしている、恥ずかしがり屋だ、といったように。

擬人化することは、それだけ人にとって身近な愛着のある存在だという証であり、それ自体、決して悪いことではありませんが、犬の置かれている状況について誤った理解をすることによって、時として問題を起こしてしまうこともあります。

例えば、飼い主が留守にしている間に、居間のソファのクッションを噛みちぎり詰めものをすっかり引っ張り出してしまったり、台所のゴミ箱をひっくり返して床に中身をまき散らしてしまい、帰ってきた飼い主に見つけられた犬が、自分がしてしまった悪戯を反省して、うなだれているように見える動画をテレビ番組やSNSで見かけたことがあるかもしれませんが、この時、犬は反省しているわけではないことが、研究によって示されています。そう、このようなときに見せる犬の姿は、飼い主の留守中にしてしまった過去の過ちを自覚して反省しているのではなく、目の前の飼い主の声や様子から怒られると察したために怯えている姿なのです。犬が反省していると思った飼い主は、また犬が同じことを繰り返してしまうと更に怒るかもしれません。これが続くと、犬は、飼い主が帰ってくることと、怒られることを結び付けてしまい、飼い主が出かけると不安になって、更に悪戯をしてしまうといったことが起きてしまう可能性さえあります。

このような誤解から生じる問題を防ぐためにも、犬とはどういうものなのか、犬から見た世界はどうなっているのか、正しい知識を身につける必要があるわけです。しかし、犬に関する動物行動学の分野の研究は、めざましく進んでいるものの、まだ解明されていないことが多いのも事実です。例えば、犬は、自己を認識することができるか否か、といったことについては、未だそれを科学的に解き明かす研究結果はありません。

ではどうすれば良いのかというと、わかっていない部分は想像するしかありません。そして想像するためには、隣でくつろいでいるあなたの犬を見つめ、その犬になったつもりで考えてみることです。あなたとあなたの犬がより強い絆を築き、幸せに暮らせるように。

ところで、犬の幸せとは何でしょう。答えを見つけるためには、やはり想像するしかないのでしょう。

散歩に出かけ、ゆうが、そこら中の臭いを嗅ぎまわり、仲の良い犬と泥だらけになって遊び、突然、鳥や猫を追いかけようとしたり、初めて会う犬のお尻の臭いを嗅ごうとしたり、嫌いな犬に出会って吠えたり、気に入った人に駆け寄って撫ぜてもらったりするのを眺めながら、日々の生活の中でゆうにとっての幸せは何だろうかと考えます。

臭いを嗅ぐのに忙しい!
もう菜の花が満開です

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