犬が特別な存在である理由
今回は、最近読んだ本、クライブ・ウィン著「イヌは愛である」(原題: DOG IS LOVE: Why and How Your Dog Loves You 早川書房)から、興味深く感じたことをご紹介します。
アリゾナ州立大学のイヌ科学共同研究所の創設者であり、動物行動学の第一人者でもある著者は、犬の行動を調査する中で、犬には人間を理解するための特別な認知能力が備わっているという従来の説に疑問を抱き、犬に固有の認知能力があるのではなく、全く違う種類の独特な能力が、犬を特別な存在にしているのではないかと考えるに至ったのだそうです。
その独特な能力とは、別種の動物とのあいだに特別な関係を築く能力であり、犬の本質は、深いつながりを築きたい、暖かで親密な関係を持ちたいという欲求、つまり、愛し、愛されたいという欲求にあるということです。
犬が人に向ける強い愛情は、犬が生まれつき備えている資質に加え、生まれてからの経験によって形成されると考えられていますが、この本は、最近の研究結果を交えて、その科学的な根拠を具体的に紹介しています。
犬が生まれつき備えている資質には、ある3つの遺伝子が影響していることが判明しているそうです。これらの遺伝子は、人間においては、自分以外の人に強い関心を示し、極端に人なつっこい行動をとるウィリアムズ・ボイレン症候群という遺伝子疾患の原因となる遺伝子で、オオカミと犬の遺伝子サンプルを分析した結果、これらの遺伝子の遺伝子型の違いが、犬とオオカミに見られる社交性の違いを生んでいることがわかったそうです。更に、別の研究によって、人間の自閉症に関係する2つの遺伝子も、犬が人間に向ける関心の強さに影響していることが示唆されているのだそうです。
しかしながら、このような遺伝子が備わっているだけでは、必ずしも犬は人間を愛するようになるとは限りません。犬が人間に対して強い愛情を持つかどうかには、生まれてからの経験が大きく影響するのです。犬が人間を愛するようになるためには、生後、早い時期に人間と触れ合うようにしなければなりません。それでも犬は、オオカミやその他の食肉類の動物と比べ、はるかに人間との間に絆を築きやすいのだそうです。
オオカミの子にも、人間を仲間として受け入れさせることはできますが、そのためには生後2週間のうちから数週間(この本で紹介されている実験では7週間もの間!)、1日もあけずに24時間、子オオカミといっしょにいる必要があるそうです。
犬の場合も、生後まもない時期から人間と触れ合う機会を作る必要がありますが、人間のそばで生まれ育てれば、子犬は人間とのあいだに絆を築き、そのあとの一生をつうじて親しくふるまうようになることが明らかになっています。
また、犬は、飼い主と強い心の絆を持ちますが、飼い主など特別な関係を持つ人間だけでなく、人間という種に対して愛情を示し、飼い主が代わったとしても、新たな絆を築くことができるのです。
別種の動物とのあいだに、愛情に満ちた関係を築くことにかけて、犬にはあふれんばかりの、過剰といって良いほどの能力があるということが、科学の面から実証されているのです。